1.“初”づくしの革新的なプリンセスストーリー
ディズニーは1937年に製作された『白雪姫』以来、シンデレラ、オーロラ姫など昔から親しまれてきたヨーロッパの童話を中心に、1990年代以降は『アラジン』のジャスミンやポカホンタスなど世界のプリンセスの物語をアニメ化してきた。『塔の上のラプンツェル』(2010)の森の中にある塔の上に暮らすヒロイン、ラプンツェルは長さ70フィート(約21メートル)にも及ぶ美しい金髪だが、その髪には傷を癒す特別な力がある。プリンセスが魔法の力を持つという設定は、本作が初めてだ。
ディズニー・アニメーション初の3D作品である本作の制作費は、2億6000万ドル(約310億円)という破格で、アニメーション映画としてはフルCGの『ライオン・キング』(2019)と並んで史上最も高額だ。また、ラプンツェルと冒険を繰り広げる大泥棒のフリン・ライダーがナイフで刺されるなど暴力描写が多いことから、誰もが見られるG指定ではなく、ディズニー・アニメーションとして初めて保護者の助言・指導を必要とするPG指定を受けた。
おとぎ話をアニメーション化した作品でタイトルが原作と違うのも、これが初めてだった。原作は『ラプンツェル』のタイトルで知られるが、アニメーションの原題は『Tangled』。ラプンツェルの長い髪が「絡まる」イメージのタイトルにしたのは、ディズニー・アニメーション・スタジオの長編作品で前作に当たる『プリンセスと魔法のキス』(2009)が、男性客の反応が弱かったからだという。ディズニーはプリンセス色が強すぎたのが原因だとして、次作ではジェンダーニュートラルに売り込むことを考えた。ネイサン・グレノとバイロン・ハワード両監督は、劇中で男性キャラクターのフリン・ライダーがラプンツェルと同等の活躍をしていることも理由の一つだと話している。
2.声優を務めたマンディ・ムーアとザッカリー・リーヴァイ
とある王国の王女として生まれて間もなく、マザー・ゴーテルにさらわれて高い塔の上で外界から切り離されて育ったラプンツェル。外の世界に憧れながら18歳の誕生日を迎えようとするヒロインの声を演じたのは、マンディ・ムーア。1999年に15歳でシンガーとしてデビューし、『プリティ・プリンセス』(2001)などで俳優としても活躍していた彼女は、幼い頃からディズニー・プリンセスを演じることを夢見ていた。オーディションに参加した彼女は、オーディションでは自身のアルバム『Coverage』(2003)でカバーしているジョニ・ミッチェルの「Help Me」を歌った。
物語の語り手も務める大泥棒のフリン・ライダーは、もともとはイギリスの農夫という設定で、オーディションはイギリス人俳優限定で行われたが、アメリカ人のザッカリー・リーヴァイはイギリス英語を使ってオーディションに臨んで合格を勝ち取った。結局イギリス人の設定をなくして、アメリカ英語を話すことになった。
マンディとザッカリーの息はぴったりで、2人がデュエットした「I See The Light(輝く未来)」は第83回アカデミー賞で歌曲賞にノミネートされた。ちなみに制作過程で2人が実際に会ったのは、このデュエットの収録時だけだったという。2人はその後も順調にキャリアを築き、マンディはドラマ「THIS IS US/ディス・イズ・アス」で主人公の三つ子の母親レベッカ役で人気を博し、本作でブレイクしたザッカリーは『シャザム!』(2019)に主演、DCエクステンデッド・ユニバースのヒーローとなった。
3.『アナと雪の女王』との縁
2013年の公開以来、愛され続ける『アナと雪の女王』には、本作との共通点や縁がある。まず、プリンセスが魔法の力を持っていること。ほとんどのディズニープリンセスは魔法によって助けられたり、翻弄されたり、受け身だったのに対して、ラプンツェルもエルサも最初は自身の力に振り回されるものの、最終的にポジティブな力に変えて自立する。
また『アナ雪』でエルサとアナの声をそれぞれ演じたイディナ・メンゼルとクリスティン・ベルは、ともにラプンツェルのオーディションを受けていたというのも興味深い縁だ。さらに、アナの良き相棒となるクリストフの原案は、当初ラプンツェルの相手役として作られた“バスティオン”というキャラクターだという。
4.女性スタッフたちの意見を参考にした、ラプンツェルとマザー・ゴーテルの関係
ラプンツェルを塔に閉じ込め続けたマザー・ゴーテルは、愛情深い母親を装って「外の世界は恐ろしい」「ここにいれば安全」とラプンツェルの心に外の世界への恐怖を植えつけようとしたり、いかにもラプンツェルが無力であるかのように言い含める。子どもの自立を阻んで操ろうとする毒親のイメージをそこに重ねた監督たちは、ディズニー・スタジオで働く女性たちから母親との関係について話を聞き、キャラクター作りの参考にした。
女性たちが明かしたエピソードの中には、かなり残酷な内容もいくつかあり、それを聞いて「私たちが『それはかなりキツそうですね』と言うと、彼女たちは『いえいえ、私は母を愛してます!』と言うんです」とネイサン・グレノ監督は振り返る。「あのミーティングが、マザー・ゴーテルが「Mother Knows Best」の歌の中でラプンツェルに『少し太ってきたわね』と言う瞬間にダイレクトにつながりました」。また、外見はラプンツェルと大きく異なるものにするため、1980年代に黒髪でカーリーヘアをトレードマークにしていたシェールをインスピレーションの1つとしたそうだ。
5.美しい光景にまつわる裏話
毎年、自分の誕生日に遠くの空を埋め尽くす灯りを見て育ったラプンツェルは冒険の果てに、ついにその灯りを間近で見る。フリンとともにボートに乗った彼女は、城から灯りが放たれるのを目撃すると、1つの灯りに誘導されるように無数の灯りが続いていく。ドリーミーな情景の中で、2人が「すべてが今までと違う」と歌う「I See The Light(輝く未来)」が流れる美しいシーンだが、当初のアイデアはランタンではなく、花火を打ち上げるというものだった。だが、それではやや現代的だという意見があり、スタッフの1人が提案したアジアの天灯のイメージを採用した。画面に描かれるランタンの総数は4万6000個だという。
また、ラプンツェルの両親が暮らす王国の城はフランスのノルマンディー地方にあるモン・サンミッシェルからインスピレーションを得ている。陸繋島にそびえる11世紀建立の修道院と町から成るモン・サンミッシェルのシルエットは、エンディングに登場する王国の円形とほぼ相似形だ。
Text: Yuki Tominaga
